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東京地方裁判所 平成12年(む)609号 決定

主文

本件準抗告を棄却する。

理由

第一  準抗告申立ての趣旨及び理由

本件準抗告の申立ての趣旨及び理由は、本件準抗告及び裁判の執行停止申立書並びに「理由」と題する書面記載のとおりであるから、これを引用する。

第二  当裁判所の判断

一  本件被疑事実の要旨は、被疑者が、乙山一郎(以下「乙山」という。)と共謀の上、覚せい剤と認められる白色結晶約24.6グラム(風袋とも)及び同様の結晶合計約18.0グラムを共同所持したというものである。

二  一件記録によれば、被疑者を現行犯人逮捕した際の状況について、順次、次の事実が認められる。

1  平成一二年四月二五日午前一時三〇分ころ、パトカーで警ら中の警察官二名が、東京都新宿区西早稲田〈番地略〉先路上に駐車中の普通乗用自動車に乗車しようとしている乙山を認め、同人が警察官の姿を見るや慌てた様子で同車に乗り込んだことから、不審に思い、職務質問を開始した。

2  警察官が、同車の運転席にいた乙山の承諾を得て、自動車内の所持品検査を開始し、同車内から発見した手提げカバンの内部を、同人の承諾を得て調べたところ、注射器一本を発見した。

3  警察官が、同車の助手席に乗車していた被疑者に対して職務質問を開始すると、被疑者は、「俺の体に触れるなよ」と怒鳴った。

4  乙山が、被疑者に対し、「じゃあ、もう行っていいよ」と言い、被疑者は、助手席から降りて数歩歩き出して立ち去ろうとしたので、警察官が、被疑者を呼び止めて所持品の提示を求めたが、被疑者は、「俺は見せないよ、人と待ち合わせしているんだ」等と述べて立ち去ろうとした。

5  応援警察官五名が現場に到着し、被疑者に対し更に所持品の提示を求めると、被疑者は、顔面蒼白になり、手をふるわせながら携帯電話でいずれかに電話をかけ、警察官の右求めには応じないで、着用していたベストの左側ポケットを左腕で強く押えつけていた。なお、ベストの同ポケットにはファスナーが付いている。

6  被疑者らの仲間と思われる男女各二名が現場に現われ、警察官らに対し、「勘弁してやれよ」「やめなさいよ」などと言い、被疑者に向かって「ここまでやれば不起訴だから大丈夫だ」「道路に寝ころんでしまえ」「何であんた車から降りたのよ。車の中にいれば飲み込んだり、焼いたり出来たのに」などと言った。

7  警察官が、被疑者に対し、前記ポケットを押さえている同人の左腕に触れながら、「ここに何か見せられないものでも隠しているのか」と追及すると、被疑者は、「何も隠してないよ」と言いながら、警察官らをかき分けるようにして立ち去ろうとした。

8  警察官らは、被疑者の前後に立ちはだかるようにしてその場に引き止め、更に追及すると、被疑者は、「分かったよ、もう疲れたよ」と言いながらも、同ポケットを両手で押さえ続けた。

9  そこで、警察官一名が被疑者の左腕を押さえ、別の警察官が被疑者の背後から「それではポケット内の物を見せてもらうよ」と言って被疑者のベストの左側ポケット内に手を差し入れ、中に入っていたタバコの空き箱を取り出し、同日午前二時五〇分ころ、右タバコの箱に入ったチャック付きビニール袋入りの自色結晶等(合計約24.6グラム)及びストロー一本を発見し、白色結晶を予試験したところ、覚せい剤の反応が出たため、同日午前三時一三分ころ、被疑者及び乙山を覚せい剤共同所持の事実で現行犯人逮捕した。

10  その後、両名を引致した戸塚警察署内で、被疑者が所持していたリュックサック内から右とは別の覚せい剤(約18.0グラム)を発見し、同日午前四時五五分ころ、両名を更に覚せい剤共同所持で現行犯人逮捕した。

三 そこで、本件所持品検査の適法性について検討する。

1 職務質問に付随して行う所持品検査は、所持人の承諾を得てその限度で行うのが原則であり、所持人の承諾がないときには、捜索に至らない程度の行為であれば、強制にわたらない限り、所持品検査の必要性、緊急性、これによって侵害される個人の法益と保護されるべき公共の利益との権衡などを考慮し、具体的状況の下で相当と認められる限度において許容される場合があると解される(最判昭和五三年九月七日・刑集三二巻六号一六七二頁参照)。

2 まず、本件事案につき、所持品検査に対して被疑者の承諾があったか否かを検討すると、前記のように、被疑者は、職務質問の当初から所持品検査を明確に拒絶していたものである上、その後、警察官に対して「分かったよ、もう疲れたよ」とは言ったものの、なおも両手で着用ベストの左側ポケットを押さえ続けていたというのであるから、所持品検査を受けることについて被疑者が承諾をしていたものとは認められない。なお、関係記録中の「着衣略図」と題する書面(写)に「警察官がポケットのファスナーを少し開け、ポケット内の箱様の物が見えた後に、説得したところ、被疑者がわかったよなどと述べた」旨の記載があるが、右のような状況は、現行犯人逮捕手続書、取扱状況報告書等に何ら記載がなく、かえって矛盾する内容となっており、右の記載をもって、被疑者がベストの左側ポケットの内容物につき、所持品検査を受けることを承諾したと認めることはできない。

3 次に、本件の具体的状況において、所持人の承諾がなくても所持品検査が許容される場合であったか否かを検討すると、①被疑者が乗車していた自動車内の所持品検査を実施したところ、同乗者乙山の持ち物から注射器が発見されていたこと、②その後、乙山が被疑者を立ち去らせるような言動をし、これに応じて被疑者も立ち去ろうとしたこと、③被疑者が、着用するベストの左ポケットを左腕で押さえていたこと、④被疑者が携帯電話で呼び寄せたと思われる仲間四名の言動など、本件職務質問の経緯及び状況からすると、被疑者が覚せい剤等の違法な薬物を所持しているのではないかとの嫌疑が一応認められ、また、被疑者には逃走の気配もあり、職務質問に妨害が入りかねない状況であったことも認められ、被疑者の所持品を検査する必要性及び緊急性は認められる。

しかし、本件における所持品検査の具体的態様及び手段を見ると、被疑者が、所持品検査を頑なに拒み、その両手でベストの左ポケットを押さえているという状況下で、一名の警察官が被疑者の左腕を押さえ、別の警察官が、密封性の高いファスナー付きの前記ポケット内に手を差し入れて在品中であるタバコの箱を取り出した上、さらに同箱を開披して、その中から本件覚せい剤等を発見したというものであり、また、前記「着衣略図」と題する書面(写)によれば、警察官が被疑者の承諾を得ないまま、前記ポケットのファスナーを開披したことも窺われるのであって、右警察官らの行為は、プライバシー侵害の程度が高いものであり、捜索に類するような態様・手段とみられるものであるから、本件の具体的状況の下では、相当な行為とは認められず、職務質問に付随して認められる所持品検査の許容限度を逸脱した違法なものというべきである。

四 そうすると、右違法な行為によって発見された覚せい剤の所持に係る現行犯人逮捕手続及びこれに基づく戸塚警察署引致手続後の覚せい剤所持に係る現行犯人逮捕手続も違法と認められるので、本件各逮捕手続が違法であるとして本件勾留請求を却下した原裁判は正当であり、本件準抗告は理由がないから、刑訴法四三二条、四二六条一項によりこれを棄却することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官池田耕平 裁判官佐藤基 裁判官關紅亜礼)

別紙準抗告及び裁判の執行停止申立書(甲)

第一 申立ての趣旨〈省略〉

第二 理由

一 本件逮捕手続きに違法はない。

本件は、一件記録添付の現行犯人逮捕手続書記載のとおり、警察官が、被疑者甲野太郎(以下「甲野」という。)及び乙山一郎(以下「乙山」という。)を職務質問し、その際の所持品検査により、甲野が着用していたベスト左ポケットから覚せい剤と認められる白色結晶を発見したことから、右両名を現行犯逮捕し、さらに右両名を戸塚警察署に引致した後、再度被疑者等の面前にて甲野のリュックサック内を確認したところ、リュックサックの中からも覚せい剤と認められる白色結晶を発見し、さらに右両名を現行犯逮捕したという事案である。

原裁判は、本件各覚せい剤の発見手続に違法があり、本件各逮捕手続きが違法である旨判示するが、一件記録内の現行犯人手続書二通等関係各証拠によって認められる以下の事実によれば、本件各覚せい剤の発見手続きに違法はなく、本件各逮捕手続きに違法はないものと思料する。

二 本件覚せい剤の発見手続き

平成一二年四月二五日午前一時三〇分ころ、警ら用自動車で警ら中の警察官二名が、東京都新宿区西早稲田〈番地略〉先路上に駐車中の普通乗用自動車に乗用しようとした遊び人風の乙山を認め、警ら用自動車で被疑者らの側方を通過した際、同人が警察官の姿を見るや慌てた様子で同車に乗り込んだことから、警察官二名は不審に思い、職務質問を開始した。

その後、警察官が、乙山の承諾を得て右自動車内を所持品検査したところ、同車後部座席運転席側床マット上に黒色手提げカバンを発見し、警察官が、同カバンが乙山の所有物であることを確認し、さらに乙山の承諾を得て、同カバンの内部を検査したところ、注射器一本を発見した。

そこで、警察官二名は、被疑者等が覚せい剤を所持しているとの疑念を抱き、応援警察官を要請しようとしたところ、急に甲野が助手席から降りて歩き出し、立ち去ろうとしたので、警察官が、停止を求め、所持品検査の承諾を求めたが、甲野はこれに応じなかった。

そこへ応援警察官五名が到着し、さらに被疑者に所持品検査の承諾を求めたところ、甲野は、顔面蒼白になり、手をふるわせながら携帯電話にて何れかに電話をかけ続け、同人が一番外側に着用していたベストの左側ポケットを左腕で強く押さえつけていた。

よって、甲野が禁制品の薬物を隠匿していると認められたため、警察官が、「ここに何か見せられないものでも隠しているのか。」などと言うと、被疑者は、警察官をかき分けるようにして車道中央に逃走したので、逃走防止及び自害防止のため、被疑者の前後に立ちはだかるようにしてその場に引きとどめるなどして所持品検査についての承諾を求め続けた。

その間、被疑者は、仲間四人を本件現場に呼び寄せたが、同人等は、口々に、

勘弁してやれよ

ここまでやれば不起訴だから大丈夫だ

道路に寝ころんでしまえ

何であんた車から降りたのよ。車の中にいれば飲み込んだり、焼いたりできたのに

などと言い続けた。

その間、警察官が、甲野が押さえていたベストの左ポケットを上から右掌で二、三回軽くたたき、少し固い物を感じたことから、元々開いていた同ポケットを少し開くようにして中をのぞいたところ、ポケット内に箱様の物が見え、その中に銀紙様の物が見えたため、さらに所持品検査に応じるよう説得を続けたところ、被疑者は、「分かったよ。もう疲れたよ。」などと承諾する旨言ったことから、午前二時五〇分ころ、警察官が承諾があったものと認定し、同ポケット内に手を差し入れて、箱様の物を取り出したところ、その内部からチャック付きビニール袋入りの白色結晶一六包及びストロー一本を発見し、これを予試験したところ、覚せい剤の反応が出たため、両名を覚せい剤共同所持の事実で現行犯逮捕した。

その後、両名を引致した戸塚警察署内で、リュックサック内から覚せい剤を発見し、両名をさらに覚せい剤共同所持で現行犯逮捕した。

三 検討

最高裁昭和五三年六月二〇日第三小法廷判決(刑集第三二巻四号六七〇ページ)によれば、「警職法二条一項に基づく所持品検査に付随して行う所持品検査は、任意手段として許容されるものであるから、所持人の承諾を得てその限度で行うのが原則であるが、職務質問ないし所持品検査の目的、性格及びその作用等に鑑みると、所持人の承諾がない限り所持品検査は一切許されないと解するのは相当でなく、捜索に至らない程度の行為は、強制にわたらない限り、たとえ所持人の承諾がなくても、所持品検査の必要性、緊急性、これによって侵害される個人の法益と保護されるべき公共の利益との権衡などを考慮し、具体的状況のもとで相当と認められる限度において許容される場合があると解すべきである」とする。

これを本件について見ると、警察官が甲野着用のベスト左ポケットに手を差し入れた段階では、すでに注射器が発見されていたこと、約一時間四〇分にも及ぶ警察官のねばり強い説得にも関わらず、執拗に所持品検査を拒んだこと、甲野は、ベストの左ポケットの辺りを手で押さえ続けていたことなどから、甲野が同ポケットに覚せい剤を所持している嫌疑が極めて濃厚に認められ、甲野は、警察官の長時間にわたる説得に耳を傾けようとせず、仲間を呼ぶなどして、所持品検査を拒否するなどしており、右仲間も警察官の職務質問を妨害するような言動に終始していたことなどから、罪証隠滅及び逃亡のおそれが顕著に認められる状況にあったことから、所持品検査の必要性、緊急性が認められた上、甲野が承諾する旨言ったことから、警察官がポケットの中から本件覚せい剤入りの箱を取り出したものであり、所持品検査の態様も、一番外側に着用していたポケットに手を入れたというものであり、内ポケットに手を入れたなどという高度なプライバシー侵害は認められないこと、覚せい剤は極めて危険な薬理作用を有する禁止薬物であり、厳しく取締が行われている薬物であることなどに鑑み、本件において覚せい剤を発見した手続きは、甲野個人の法益と保護されるべき公共の利益との権衡を考慮すると、具体的状況のもとで相当と認められる限度内と言うべきである(参考裁判例・大阪高判昭和六二年一一月四日判時一二六二・一三九、大阪高判昭和六三年三月一日判タ六七九・二六四ほか)。

従って、第一回目の覚せい剤の発見手続きに違法はなく、これに基づき、右両名を引致した後に戸塚警察署内で発見された第二の覚せい剤の発見手続きにも違法はなく、本件各逮捕手続きには違法はないと言うべきである。

加えて、右両名は、逮捕後、本件事実について供述を拒否しており、同種薬物事犯の前科もあることから、罪証隠滅及び逃亡のおそれが極めて顕著であり、両名を勾留し、さらに本件の真相解明のため、捜査を完遂する必要がある。

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